
2026年4月22日 15:04
戦後81年目の4月21日は、日本の平和主義が終わった日として、歴史に刻まれるかもしれません。この日、高市内閣は「防衛装備移転三原則」と「運用指針」を改定し、戦闘機や護衛艦、ミサイルなど殺傷能力がある武器の輸出を全面的に解禁することを閣議で決定しました。
50年前の1976年、三木内閣は武器輸出を事実上、全面禁止にしました。平和国家の理念に基づいて、国際紛争を助長しない姿勢を明確にしました。「わが国は兵器を輸出してカネを稼ぐほど落ちぶれてはいない」。当時、宮沢喜一外相はこう答弁しました。しかし、50年後の3月、国会答弁で高市早苗首相は「時代が変わった」と発言。武器輸出を厳しく制限してきた安全保障政策を転換させました。宮沢さんの言葉を借りれば、日本は落ちぶれた国になったということです。
「落ちぶれた」とただ軽蔑されるなら、我慢できるかもしれません。しかし、4月21日、日本人は人殺しをほう助する国民になったのです。「地域や国際社会の平和と安定のため防衛装備品について各国に対するトップセールスを一層強化していきたいと思います」。小泉進次郎防衛大臣はこう語りました。人殺しの道具を世界にセールスするという言葉に強い違和感を覚えます。憲法が定めた日本の平和主義は世界の大勢の人たちにとっても“財産”であるはずです。私は以前から兵器輸出の緩和に反対してきました。日本国民のひとりとして、あらためて反対を表明し、日本政府に撤回を求めます。
「日本との防衛パートナーシップは新たな時代に入った。抑止力に基づく原則の下、国際法上の個別的および集団的権利を確保するため、日本や志を同じくするパートナーと協力していく」。フィリピンのテオドロ国防相は、日本の改定を歓迎。こうした反応を示すアジアの閣僚もいます。大きな懸念は国際法違反となる武力行使に日本が加担することです。例えば、アメリカへの加担が心配です。
アメリカのベネズエラやイランへの先制攻撃は、国際法違反だという見方がアメリア国内にも根強くあります。日本政府が改定したルールは「特段の事情」があれば戦闘中の国にも武器輸出が可能です。殺傷能力を持つ武器の輸出先は「自衛権の行使目的のみに使用する国」に限定していますが、国際法違反に踏み切るアメリカが「自衛権の行使」と強弁した場合、日本政府に抵抗できるのでしょうか。
大国の自国第一主義に呑み込まれ、「時代が変わった」と言い訳をしながら時代に呑み込まれ、「現実的には…」と言いながら近視眼的な事情に呑み込まれる。日本政府はここでも思考停止に陥っているのではないでしょうか。なぜ、別のやり方を、新しいやり方を必死に自考しようとしないのでしょうか。殺人兵器の輸出ではなく、「平和主義の輸出」こそが日本人の使命なのだろうと私は考えます。