沖縄県名護市辺野古沖で、研修中の同志社国際高校(京都府)の生徒を乗せた船が転覆し、生徒ら2人が死亡しました。船が辺野古移設工事に抗議するために使われていたこと。また抗議の座り込みを推奨する趣旨の文書が研修の配布物に入っていたこともあり、文部科学省は、政治的中立性が損われたとして教育基本法14条に違反するという見解を示しました。
教育基本法違反を政府が認定するのは初めてです。違法判断をめぐっては賛否両論があり、波紋が広がっています。反対する考え方からは、教員や学校が萎縮してしまうという懸念が指摘されています。例えば、政府の方針に批判的思考を一切加えられないことなれば、極端な話、戦時中のように教育のあり方が歪む恐れもあります。政府が言う「政治的中立性」とは何なのでしょうか。
私が主宰する市民塾「自考館」でも、今回の違法判断につながった「政治的中立性」について議論しました。塾生からは「中立とは誰にとっての中立なのか」という本質的な意見が出ました。国や政府にとっての中立なのか。与党にとっての中立なのか。国民や学校にとっての中立と、それらの中立とは全く同じなのかどうか。違法を判断する前に、政府にはこうした国民的な議論が必要だったのではないでしょうか。
「中立」をめぐっては、極論を言えば、国民の数だけあるのかもしれません。「中立」というのは、実にあいまいで、実に難しいのです。そうであっても政府・与党は、葛藤しながら、いろいろな政策を決め、しっかり遂行していかなければなりません。だからこそ、政府が「中立」の判断をする際には、議論を尽くし、より慎重にならなければならないのではないでしょうか。
また、「政治的中立性」と同時に、政治や党など超えた、国民、市民や、一人ひとりの利益を考慮することも大切なのではないでしょうか。今回の違法判断は、教育現場や国民の利益にどう結び付くのかどうかといった議論です。
教育基本法の第16条は、教育が「不当な支配」に服することなく、国と地方公共団体の協力によって公正かつ適正に行われるべきだと定めています。この16条が盛り込まれた背景には、戦前の国家統制による軍国主義教育への深い反省があるとされています。外部の不当な圧力から教育を守り、政治的中立性と教育行政の適正さを保証する重要な規定です。
それゆえに、教育基本法をめぐって違法か否かを判断するのは、政府ではなく、第三者機関に委ねるべきだといった意見は、自考館の議論で出ましたし、専門家も指摘しています。今回の違法判断自体が14条や16条に違反していないかどうかについても、政府自身にしっかり自考していただきたいと思います。
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