■人生初の中央アジアへ胸高鳴る
「あっ、大阪のおばちゃんにそっくりだ」「あの白髪の女性二人組も、まるで日本人みたいじゃないか」「隣の席に座った女の子は中学生か高校生かな。……なんだか、昔のクラスメートにそっくりだ」。
機内に乗り込んできた女性たちは皆、顔や体型が日本人と見分けがつかない。しかし、彼女たちが手に持つパスポートは赤くない。話し出すと、耳慣れない言葉が響く。韓国語でもない、中国語でもない。
ここは韓国のアシアナ航空の機内。仁川空港を発ち、カザフスタンのアルマトイへと向かうフライトの途中だ。成田からのトランジットを経て、僕は今、人生で初めての中央アジアを目指している。突き上げるような胸の高鳴りを感じていた。
中央アジアの人々の中には、体型や顔つきが日本人と瓜二つの人がいるとは聞いていた。シワの刻まれた年配の顔にはどこか哀愁が漂い、若い世代には美人が多いとも耳にする。
機内サービスが始まった。韓国人の客室乗務員(CA)がワゴンを押し、機内食特有の香ばしい匂いが通路を満たしていく。少し腰を浮かせて機内を見渡してみた。乗客の顔ぶれだけを見ていると、まるで日本人と韓国人だけのツアー団体に乗っているかのようだ。その中に、ロシア人とおぼしきカップルやファミリーが数組混じっている。
かつてオリンピックの画面越しに観た、カザフスタンの選手のような顔をした男がいた。ジャージの背中には「KAZAKHSTAN NATIONAL TEAM」と英語で書かれている。僕の勝手な印象だが、日本人とロシア人のハーフのようで、肌は少し乾燥して血色が薄く見える。テレビの記憶が植え付けた、僕の中の「カザフスタン人」のイメージだ。
CAと乗客の会話に耳をそばだててみる。鼻にかかった韓国語の響きに交じって、巻き舌のロシア風の発音がざわめき始めていた。乗客サービスは韓国語と英語で行われているが、彼らの話す英語の発音は、僕たち日本人のそれとは明らかに違っていた。
■妙な安心感
「アンニョンハセヨ」。不意に、CAが僕に韓国語で話しかけてきた。
「イルボニン イエヨ(私は日本人です)」。機内で練習していたにわか仕込みの韓国語を返してみたが、「アアァ?」と聞き返されてしまった。うまく通じない。CAも困惑した表情を浮かべた。すぐに英語に切り替えた。「I am not Korean ,Japanese」。
この機内の空間は、実に不思議だ。見慣れた顔ばかりなのに、言葉も文化もまるで違う。それなのに、不思議とこれまでに乗ったどの外国行きの飛行機よりも、身体が妙な安心感に包まれているのを感じる。この安心感は、一体どこから生まれているのだろうか。この問いの答えを探すことこそが、今回の中央アジアの旅における、僕の大きなテーマとなった。
この空気は、日本のそれとは明らかに違っていた。確かなことは、乗客の服の素材や色合いが、どれも一様にやや褪せて見えることだ。男性の肌は、みな均一に心地よく日焼けしている。CAは制服を着ているから韓国人と識別できたが、顔立ちは、やはりキリッとした日本人によく似ている人もいる。
表現するなら、「日本に本当に近い、しかし決定的に違う国の人々」に囲まれている感覚。それは、かつて初めてモンゴル人の姿をテレビで観たときの感覚に似ていた。
当時は、見慣れた日本人がモンゴルの民族衣装を着て記念撮影をしているようにしか見えなかったものだ(今で言えば、浅草で着物を楽しそうに着こなしている中国人女性を見かける感覚に近いかもしれない)。CAから見ても、僕とカザフ人、あるいは韓国人の区別はついていないようだった。
飛行機が着陸態勢に入ったとき、窓の外はすっかり暗かった。果てしない草原に降り立つイメージを勝手に抱いていたが、眼下に広がっていたのは、羽田空気から見下ろすような大都市の夜景だった。ただ、この夜景も日本に似ていながら、どこか違う。暗い地上の森が、まるで夜の海のように街の光を縁取っていた。

■異国の街 似た人に名前を付けてみよう…
翌朝8時、僕はアルマトイの緑豊かな団地街を散歩した。南北に走る大きな通りからは、ダイナミックな雪山が奥にのぞく。4000メートル級で夏でも雪が溶けないという。道路は実によく整備され、道幅が広い。6車線もある一方通行の道路が多い。南北と東西に切り分かれている。四角系の街という印象だ。
歩道の信号には親切なカウントダウン標識があり、人々は皆、律儀に守っている。アジアの街特有のけたたましいクラクションは、ほとんど聞こえてこない。韓国製の車や中国製のEVが日本以上に多く走っている。トヨタなどの日本車も混じっているが、その多くは中古車のようだ。少し空気が汚れている気がするが水色の空がぼかしてくれる。
驚いたのは、美しく整備された公園がいたるところにあり、そのなかに子供用の遊具が設置されていることだった。かつての日本のデパートの屋上にあったような遊具だ。子供は外で遊んでいる。ATMや自動販売器も外にある。治安が良さそうだ。ただ、実は監視カメラが多い。
カザフスタンという国は、かつてチンギス・ハーンの侵略を経験し、ロシア帝国、そして激動のソ連時代を乗り越えてきた歴史を持つ。旧ソ連時代に建てられたと思しきクラシカルな住宅や建築物が今も綺麗に残されており、それらが周囲のみずみずしい公園の緑をいっそう引き立てている。
■「半分は自分と同じ 半分は未知のロマン」
僕は、この異国の街をただひたすらに散歩し、その息遣いを感じ取ることに努めた。歩きながら、ずっと考えていたことがある。街角で日本人にそっくりな人を見つけたら、心の中で勝手に名前をつけてみよう、と。「あ、おてんばの佳織ちゃんだ」「いとこの仁基さんに似てるな」「昔のクラスメートの絵梨花ちゃんも」――心の中でそう呟くだけで、緑の中の散歩はぐっと楽しく、親密なものに変わっていった。
ただ、胸の奥には小さな不安もあった。もし自分と生き写しのような人を見つけたとき、僕は声をかけるべきだろうか?相手も「僕たち、似ているね」と感じてくれれば、瞬時に親近感が湧いて、一緒に写真を撮れるかもしれない。けれど、相手がそう思わなかったとしたら、ただの「妙な東洋人のインバウンド」として煙たがられてしまうのではないか。職業は?血液型は?幸せ?などと彼の人生を聞いても良いだろうか。ちょっと怖い。

歩を進めながら、そんな逡巡が頭をぐるぐると巡る。もし声をかけるなら、不慣れなロシア語やカザフ語ではなく、明るいトーンで、万国共通の「ハイ!」にしよう。それだけは心に決めていた。
そんなとき、カザフスタンの水色の国旗がはためく立派な建物の前で、黒い制服を着た女の子たちの集団に出会った。艶やかな黒髪に、透き通るような色白の肌。キュッと引き締まったウエストに、すらりと伸びた長い足。それはまさに、今の日本の街角で見かける「現代の女の子たち」に遭遇した感覚そのものだった。
顔つきはもちろん、お互いに顔を見合わせ丸く囲い合って笑い合う仕草や、特有の軽やかな振る舞いまでが、日本の女子学生と完全にシンクロして見える。その可愛らしさは、日本の中高生グループの魅力をぎゅっと濃縮したかのようなレベルの高さだった。彼女たちをそのまま原宿や渋谷の街に連れて帰ったとしても、おそらく誰も外国人だとは気づかないだろう。しかし、現実にここは中央アジアのカザフスタンだ。
その時、考えた。なぜ私はこれほどまでに彼女たちに強い興味を抱き、目を奪われるのだろうか。日本で同じように中高生の集団を見かけたときよりも、はるかに対象への期待感や、胸がじんわりと温かくなるようなほのぼの感を感じている。ただ彼女たちの瑞々しい姿を見ているだけで、こちらまで幸せな気分に満たされていくのだ。
もちろん、誤解のないように断っておくが、カザフスタン人すべてが日本人に似ているわけではない。僕自身、世界中の人種を見分けるような特別な知識や経験があるわけでもない。この国には130以上の民族が共存しているという。四方を海に囲まれた日本とは、社会の成り立ちが根本から違う。
もし、日本人の隣に「日本人にそっくりなカザフ人」を並べて、「どちらがカザフ人でしょうか」とクイズを出されたら、おそらく「より色白な方」と答えることで正解できると思う。だが、これが韓国人や中国人の場合ならどうだろう。もし彼らがユニクロの服を着て、同じようなメイクをしていたら、僕には外見だけで見分ける自信はとうてい無い。

■強烈に惹かれる 愛おしい心理的パズル
しかし、ここからが僕の個人的で、かつ奇妙な心理なのだが――僕は、外見的には自分たちとほぼ完全に地続きであるはずの韓国や中国の人々よりも、どこか決定的な違いを内包しながら、それでいて日本人の面影を強く残しているカザフスタンの人々に、強烈に惹きつけられてしまうのだ。
これは初めて訪れる土地ゆえの新鮮さなのか。あるいは、旅という非日常がもたらす興奮のせいなのか。それとも、単に同じものに飽きやすく、常に新しいものを追い求めてしまう僕のミーハーな性格のせいなのだろうか。 いや、おそらくこれは僕だけの感覚ではない。世界中の人々が、普遍的に持っている心理メカニズムのような気がしてならないのだ。
科学的な遺伝子の距離がどうあれ、人間が主観的に感じる「親近感」や「ロマン」は、決してデータとは比例しない。そこには、実に人間らしくて愛おしい、いくつかの心理的パズルが隠されているように思う。
まず一つに、人間は完全に同じもの(日常)や、逆に1ミリも理解できないものよりも、「基本は自分たちと似ているけれど、少しだけ違うスパイスが入っているもの」に最も強い好奇心と好意を抱くという点だ。韓国や中国は、文化も生活様式も近すぎて、情報も日常にあふれている。遺伝的に近すぎるがゆえに、心理的には「日常の延長線」になりやすく、新鮮な驚きが働きにくい。
一方でカザフの人々は、顔立ちに東アジア(モンゴロイド)の安心感を色濃く残しながらも、そこへ西ユーラシアの彫りの深さやイスラム文化、シルクロードの歴史という「非日常のスパイス」が絶妙にブレンドされている。この「半分は自分と同じで、半分は未知のロマン」という絶妙なバランスこそが、僕たちの旅心を最も激しく刺激するのではないだろうか。
さらに、僕たちは「よく知らないもの」に対して、自分の理想やロマンを都合よく投影してしまう性質がある。情報が少ないからこそ、リアルな政治的摩擦や社会問題という負の側面が見えにくくなり、代わりに「シルクロードの旅人」「大草原」といった美しく情緒的なイメージだけで、記憶のパズルを完成させてしまうのだ。
そこには、歴史的な「ノイズのなさ」も味方している。隣国とはどうしてもリアルな感情の摩擦が視界に入りやすいが、中央アジアの国々と日本との間には、歴史的な利害対立がほとんどない。それどころか、旧ソ連からの独立以降、日本がインフラ支援などを通じて良好な関係を築いてきたという、純粋にポジティブな記憶だけが静かに流れている。だからこそ、僕たちは心理的な障壁なく、すんなりと彼らをリスペクトし、親近感を抱くことができる。

■少しだけ違う鮮烈な個性
そしてもう一つ、僕たちの心の奥底に眠る、定住農耕(稲作)文化とは別の、「草原を駆け抜けた記憶」への無意識のノスタルジーもあるかもしれない。日本人のルーツを遡れば、ユーラシア大陸を北から渡ってきた集団の血も交じっている。カザフの広大な草原を前にしたとき、窮屈な現代の都市生活に生きる僕たちが、「かつて自分たちの祖先が駆け抜けたかもしれない舞台」として、本能的な郷愁を感じるというのは、大いにある話ではないか。
街の食堂に入ると、その直感はさらに深まった。メニューに並ぶのは、日本のうどんにそっくりな麺料理(ラグマン)や、油で香ばしく炊き込んだご飯(プロフ)。そこにインドで食べるようなナンや、ヨーロッパ風のパスタがごく自然に同居している。出てくる料理のどれもが、日本と「全く同じ」ではない。けれど、どこか親しい「少し違う食べ物」として、僕たちの胃袋を優しく満たしてくれる。
完全に同じではない。けれど、確かに似ている。そして、少しだけ違う、鮮烈な個性がある。それこそが、僕がこのアルマトイの散歩道で見つけた、カザフスタンという国の一番の美しさだったのだ。
【あとがき】
ここまでお読みいただき、感謝です。最終日のアルマトイの朝、ホテル近くのカフェでモーニングコーヒーを飲みながら、この文を整理しています。
この作品は、カザフスタンの旅で感じた不思議な心の動きを、AIとの対話を通じてエッセイにまとめたものです。機内のスケッチや街の描写は私の当時の日記のままですが、中盤の心理分析はAIが私の思考を鮮やかに言語化してくれました。
この旅で確かなことは、アルマトイは散歩と作文が、とてもよく似合う街だということです。
まもなく街が動き出す時間。午後には、次の目的地であるウズベキスタンへと向かいます。また新たな発見があることを期待して。(市民記者 坂本 剛)