「長い間、お世話になりました」
後輩の人事部長にそう告げた。退職届を出したわけではない。定年後の継続雇用を辞退しただけだ。
それでも、会議室を出た瞬間、桜の季節に初めて足を踏み入れた報道センターを思い出した。凛と張りつめた空気が重かった。
37年前、六十歳を過ぎて働き続ける自分など想像もしていなかった。
父が要介護でも、これほど長く健在でいてくれていることも想像していなかった。父と過ごす日々は、いまや私の生活の核になっている。
あの頃思い描いた「定年」と、現実は大きく掛け離れていた。郊外で子や孫に囲まれ、赤いちゃんちゃんこで酒を酌み交わす――そんな光景をどこかで信じていた。
現実は、90代の父との二人暮らし。仕事は半分がリモートで酒は控え目になった。
「人生100年時代」と言われ、働ける者は働けという社会の空気もある。食うためには働かねばならないが、かつてのようにがむしゃらにもなれない。かといって、日なたぼっこと読書だけで日々を終える気にもなれない。幸いにも体はまだ動く。それがまた、私を迷わせる。
60歳の「定年退職」と、その後の「継続雇用」とのあいだに、なぜこれほどの隔たりがあるのだろう。
今の定年は、終身雇用を全うした満足度がない。どこか転職に似ている。会社に残るか離れるか、自分の可能性を信じきれぬまま、時間だけが過ぎていく。同じ悩みを抱える人が少なくないと知り勇気づけられた。
再雇用として会社に残れば、給与は半分以下、忠誠と制約は続く。言論の自由も狭まったまま。一方、フリーになれば、社会保険や確定申告まですべて自己責任だ。自由はあるが、収入はゼロになる可能性すらある。
迷い続けた末に私は選んだ。定年まで勤めた会社に別れを告げ、私の言論の自由を取り戻す道を。六十を過ぎた自分でも、まだ社会の役に立てると信じたい。大都会を風を切って歩くことはやめてもいい。
これからは、小道をゆっくり歩き、小さな課題を世界に繋げていきたい。
それが、これからの私の物語だ。