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【疑う力・創る力】真夏の銭湯〝人間交差点〟で束の間の休息(岡田 豊)

「ザブーン!」。真緑色の衣をまとった観音様が、水しぶきをあげて、浴槽に飛び込んでいく。観音様は顏までどっぷりお湯につかった。おぼれていないか心配になる。筋肉質の背中に描かれた見事な観音様。女性だろうか。くっきりとした鮮明なラインと繊細な色合い。圧巻の迫力。刺青(入れ墨)だ。
 
ここの銭湯は、刺青をした客が多い。私と同じ浴槽の左側の男性も、右手の上腕部分に入れている。これはなんだろう。クジャク? 凝視しない方がいいのだろうが、気になる。チラチラと見ていると…クジャクじゃない。龍だ。小さい絵柄なのに、存在感がある。刺青もいわば日本の〝文化〟のひとつだろう。向こうの水風呂に入っているアジア系の男性の右肩の後ろに描かれた刺青は判別不能。何かの文字だろうか…。
 
午後6時すぎ。いろんな人たちが銭湯に集う。さながら人間交差点だ。贅肉がほとんどない高齢男性は仕事の帰りか。きょうの夕飯は何だろう。整髪料のにおいがする壮年の男性は恰幅が良さそうだ。経営者か何かか。浴槽のお湯で顔を流しながら、「プーッ」とお湯を吐く人もいる。「カーッ、ペッ」とタンを吐く人もいる。不潔と言えばキリがないが、そんなことを気にしていたら、くつろげやしない。
 
きょうは、提出しなければならない書類を午後にようやく書き上げた。のべ20時間ほどかかったろうか。たった4日間の夏休みの3日目。近場の温泉にでも泊まりで行きたかったが、ヒマもお金もない。思い立ったのが、お気に入りのこの銭湯。3年ぶりくらいだろうか。銭湯代は550円になっていた。大学時代の2倍以上。それも時代。ここはやはり楽しい。来て良かった。
 
今夕は、ほとんどがおじさん。そこへ、小学生くらいの男の子が2人。空気が一変する。にぎやかになった。やっぱり、子どもは良い。しばらくすると、3歳くらいかな、女の子とパパが手をつないで入ってきた。これも銭湯の風景。ママは束の間の息抜きができるかなぁ。
 
「そろそろ値上げですか?」。帰りぎわ。番台の若い男性に聞いた。この快適な居場所もきっと原油高騰の波にさらされているだろう。「もしかすると1日から…」。男性は小さい声で返してくれた。スマホで検索したら、東京都の銭湯は8月1日から600円に値上げされるとあった。
 
真夏の風呂あがり。陽は落ちていたが、もう汗がにじんできた。どこからか流れてきた心地良い風に押されて、家路についた。夜空には、かろうじて青い色が残っていた。